和歌山地方裁判所田辺支部 昭和30年(ワ)49号 判決 1956年11月19日
原告 岩崎正夫 外二名
被告 坂本愛之助 外一名
主文
被告等は各自、原告岩崎正夫に対し金弐万円、同岩崎長作に対し金参万八千円、同岩崎うめのに対し金壱万円並に各これらに対する昭和三十年六月十六日以降支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告等の其の余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告等の負担とする。
この判決中原告岩崎正夫に関する部分は同原告に於て金五千円、同岩崎長作に関する部分は同原告に於て金一万円、同岩崎うめのに関する部分は同原告に於て金三千円の担保を供するときはその勝訴部分に限りそれぞれ仮に執行することが出来る。
事 実<省略>
理由
一、被告田本の過失について
被告坂本が昭和二十八年十一月十三日当時、被告田本を使用し、自家用自動三輪車の運転にあたらしめていたこと、被告田本が右同日午前十二時頃、和歌山県日高郡南部町大字山内一、一六六番地先附近県道を右坂本方の精肉を御坊市に運搬すべく自動三輪車を運転して北進中、前方を同一方向に歩行中の学校帰りの原告正夫に右自動三輪車を接触せしめ、そのため、同人に左足骨脛々折の負傷を負わしめたことは当事者間に争がない。而して右の如く被告田本が原告正夫に負傷させたことにつき被告田本に過失があつたか否かについて按ずるに成立に争のない乙第一号証と被告田本の供述並に現場検証の結果を綜合するに、
被告田本が前記県道上自動三輪車を運転して庄司定吉方前にさしかかつたとき、前方約三十米の所を同一方向に向つて小学生四、五人が歩いているのを認めたので第一回の警笛を吹鳴したところ、小学生等はその警笛を聞いたのか、左側に一名右側に二名と分れて歩いていたが更に約三十米進行した地点で第二回の警笛を吹鳴したところ、その小学生等は走り出して道端に生垣のある道路巾の稍広い地点の両側によけたので被告田本はその中央を容易に通過出来るものと考えてそのまま追越そうとしたところ、道路の左側を歩いていた一人が突然車の直前を横切つたので、これを避けようと制動機を踏むと共にハンドルを右に切つて急停車したが、そのため道路の右側を歩いていた原告正夫の左足を自動三輪車の前輪で轢いたものであることを認めることが出来る。而して成立に争のない甲第四号証によれば、原告正夫の生年月日は昭和二十二年一月二日であるから、本件事故当時は満六歳の児童であるこのような児童は道路を歩行している際に於ても、何時前方を横断する様な行動に出るかも予測出来ないのが通常であり殊に本件の如く、友達と連れ立つて歩行しているような場合には特にそうである。従つて運転手たる者はかかる児童の歩行している際には、絶えず警笛を吹鳴してその注意を喚起し且つ速度も何時でも急停車して緊急の事態に備えられる程度に落して除行すべき注意義務ありと言わねばならない。然るに被告田本は警笛も単に一、二回吹鳴したに止まり、速度の点に於ても甲第二、第三号証によると相当な速度で進行していたものと認められる。従つて、被告田本は明らかに前記の注意義務を怠つていたものであつて、原告正夫の負傷について過失ありと認めざるを得ない。
二、負傷後の処置並に治療費について
原告正夫は、前記の如く負傷の後、田辺市国立病院に運ばれ診察の後入院を勧められたが、これに応ぜず同年十二月十五日より御坊市の中野整骨師の治療を受け、同整骨師は原告宅まで毎日往診して治療の結果完全治療まで七十日を要し治療費金三万五千三十円の支払いをなしたことは、証人中野信男、同坂本きみ、同玉井寿の各証言を綜合して認められる。
被告等は原告等が原告正夫の負傷につき右のような誤つた治療方法を採つたため、その治療が不当に長びき不要な経費をも支出するに至つたものであるから、それについて責任はないと主張するので、この点につき考察する。
証人玉井寿の証言と鑑定人太田善三、同坂本清次郎の各鑑定の結果を綜合すると、原告正夫の負傷は、絶対的に入院を必要とするものではなく、家庭療養でも差支へはない。併し入院すれば安静を保つことが出来るので、家庭療養に比して万全であるという程度のものと認められるので、原告等が国立病院長や被告側の勧告に応じないで、入院しなかつたことそれ自体を以て治療方法を誤つたものと断定することは出来ない。要はその家庭療法が適切に行われたか否かである。而して右正夫の負傷は前記証人玉井寿の証言によると、骨折の治療に一乃至二ヶ月後療治療に約一ヶ月を要するものとし、太田鑑定人は全治日数約一ヶ月坂本鑑定人は全治日数約五十日としているのであつて、その標準点を見出し得ないのであるが前認定の如く中野整骨師の手により完全治療まで七十日を要したということは、前記証言並鑑定の結果に照してみても必ずしも不当に長引いたものとは認め難く、従つて原告等が正夫の負傷につきその処置を誤つたものと軽々に断定する根拠とはなり難い。
その他、その治療方法の不適当であつたと認むべき証拠もないので、被告等の右主張は採用することが出来ない。
然しながら原告が何故に近傍の医師や整骨師をさしおき前認定の如くはるばる御坊市から中野整骨師を招き毎日往診せしめてその治療にあたらしめたのか、同整骨師でなければならなかつたという必然性については何等の説明も証明もない。
而して通常遠距離の医師の往診を求めた場合には、近傍の医師に比して、多額の往診料を必要とすることは明白であり、且つ原告等が中野整骨師に支払つた治療費金三万五千三十円中には、証人中野信男の証言により成立を認め得る甲第一号証によれば右往診料も含まれるものと認められるから、前記の如く中野整骨師でなければならなかつた理由の認められない以上右治療費は通常必要とする経費以上のものを含むものと考えなければならない。
而して国立田辺病院に於て入院治療した場合を考えるに、原告正夫の治療日数は前記の如く七十日であるから、右期間入院したものとして、証人玉井寿の証言によると一ヶ月の入院費は当時金一万二千円であるから、七十日で金二万八千円の計算となる。従つて原告等が近傍の医師の手にかかつた場合は、多くとも右金額の程度しか必要としなかつた(坂本、太田鑑定人の鑑定によればまだ少額となるがこの場合国立病院に於ける経費を標準とするのが妥当と考える)ものと考えられるので、これを以て原告正夫の治療に通常必要とした経費と認めるのが妥当である。従つて被告田本は右金額の範囲に於て損害賠償の責に任すべきものである。
そして成立に争のない甲第四号証によれば、原告正夫は当時満六歳の児童であり原告長作はその父であり、原告正夫の親権者として、その監護養育を行つていたことは明らかであり正夫の右治療費も全て原告長作の支出にかかるものであることも明白である。よつて被告田本は原告長作に対し前記金二万八千円の支払義務を負うべきものである。
三、慰藉料について
成立に争のない甲第四号証によれば原告長作、同うめのは原告正夫の父、母であつて、原告正夫の監督養育を行つていたものであり、原告正夫は本件事故当時満六歳の児童であることは明白である。
原告等の主張によれば、原告正夫は、骨折の癒着後も約一年間起立すれば直後五分位は骨折部が痛み、雨天前には鈍痛を覚えるという有様で、受傷以来一年四ヶ月位の間に甚だしい精神的苦痛を受けたというのであるが、原告正夫の負傷が七十日で治療したことは前記認定の通りであり、その後に痛み鈍痛を覚えた等の点については、これを認むべき証拠もなくその他予後の身体機能の故障についても肯認すべきものはない。従つて原告正夫が本件負傷により肉体的精神的に苦痛のあつたのは、右の通り七十日間前後であつたものと認めるのを相当とする。
而して満六歳の児童であれば、通常成人の場合と異り、扶養の責任を負うべき家族もなく、又職業等にも従事せず、唯全面的に両親を頼りにしていれば事足りるのであつて、成人の場合に比し、精神的な苦痛は少ないものと認むべきであるから本件負傷による原告正夫の精神的苦痛に対する慰藉料としては金弐万円を以て相当とする。
又満六歳程度の児童に対する両親の愛情というものは、一人前に独立した子供に対する場合より一層深いものであつて、子供自身の肉体的精神的苦痛も我身の苦痛の如く感ずるものであるから、原告正夫の本件負傷により両親である原告長作同うめのが或程度の精神的苦痛を蒙つたことは認めなければならない。併しながらこれも本人自身が負傷した場合とは異なるのであるから、本件事故により原告長作、同うめのの蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料としては各壱万円を以て相当と認める。
四、被告坂本の責任について
被告坂本は、昭和二十八年八月十三日の本件事故を起した当時、被告田本を使用して自家用自動三輪車の運転にあたらしめていたもので、当日も被告坂本方の精肉を御坊市に運搬する途中であつたことは当事者間に争はない。
被告坂本は仮りに被告田本に過失があつても、その選任及び監督につき相当の注意をなしていたものであるから賠償の責任はないと主張するのであるが、成程その主張のような車を発車する毎に事故を起さないように注意するとか、塩を振つて清めるとかいうようなことは証人坂本きみ、同那須重蔵の各証言により認められるところであるが、単に右の如き事実があるからとて、相当の注意をしていたものとは認め難いし又被告田本は昭和二十三年免許を取り以来多年の経験を積みその技も熟練しているというのであるが、多年の経験が必ずしも熟練の結果を生むものでもなくその他この点に関する証拠は何等存在せず、却つて成立に争のない甲第二号証の五によれば被告田本は昭和二十六年中に二回にわたり、道路交通取締法により処罰されているのであるから被告坂本が被告田本の選任監督につき相当な注意をなしていたものとは到底認めることは出来ない。従つて被告坂本は本件につき使用者としての責任を免れることは出来ない。
五、以上の理由により被告等は各自、原告長作に対し本件につき直接生じた物的損害として金二万八千円、慰藉料として金一万円合計金三万八千円、慰藉料として原告うめのに対し金一万円原告正夫に対し金二万円並に各これらに対する本件訴状送達の翌日である昭和三十年六月十六日以降支払済まで民法所定の年五分の遅延損害金を支払う義務があるものというべく、この範囲に於て原告等の請求を認容し、其の余の請求はこれを棄却し訴訟費用につき民事訴訟法第九十二条第九十三条仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 久米川正和)